趣味の統計

心理統計のはなし(偏差への偏愛ともいう)。Web上に散らばっている「アンケート」へのつっこみ。その他。

シグマくんのはなし #07

シグマくんの変身術その2

前回はシグマくんの分身の術について書きました。今回は、シグマくんが変身して消えてしまう術、雲隠れ?ならぬ、「エヌ隠れの術」です。
変な名前ですか? いやあ、名前つけるの難しいですよね。シグマくんが消えて、代わりにnが現れるので、nの後ろにシグマくんが隠れている、みたいなイメージなんですけど。もっといい名前、募集しましょう。
設定はこんな感じです。

設定:5人の子ども(あき、いく、うみ、えな、おと)を連れて、スーパーにお買い物に行きます。子どもたちに、それぞれ好きなおやつを選んでもらい、ジュースはみんな同じものを買ってもらうことにしました。おやつセットの値段を、シグマくんに計算してもらいましょう。

前回と同じように見えますが、違うのは、「ジュースはみんな同じもの」という部分です。まず、子どもたちに、それぞれの値段を教えてもらいましょう。

「おやつセット=おやつ+ジュース」という構造は前回と同じなので、まず、分身の術を使うところから始めましょう。

第一段階:分身の術

前回と同じように分身の術を使うと、こうなりますね。おやつの値段とジュースの値段を別々に合計して、あとから足し合わせればいいのです。

でも、よく見ると、ちょっとモヤっとしませんか? 2つ目のシグマくんが、ちょっと不思議そうな顔をしています。

第二段階:エヌ隠れの術

今回の設定では、ジュースの値段は、5人とも同じでした。ですから、同じ値段(80円)が5人分並んでいます。でもこれって、足し算で計算しますか? 80+80+・・・ってやるよりも、むしろ、80×5ってやりませんか?
だったら、ジュースの値段の計算に関しては、シグマくんの助けを借りる必要はありませんね。掛け算でOKです。一人分が80円で、5人分なので、80×5です。これで解決、といいたいのですが、もう少し一般化しておきましょう。
今は、子どもが5人と分かっているので、「×5」をすればいいと分かります。が、いつでも「×5」でいいわけではないですね。「シグマくん」の計算は、「数たちの集まり」に、いったいいくつ数が入っているのか分からない時にも使えるようにしているのでした。そして、「数たちの集まり」にいくつの数が入っているのかを、「n」で表すのでした(「いちエヌくん」のエヌも、ここから来たのでしたね)。
というわけで、一般化すると、

シグマくんの合計する「数たちの集まり」に、同じ数ばかりはいっているときには、その同じ数を一つだけもってきて、「×n」ってすればいい。
今回の場合は、「数たちの集まり」は、ぜんぶ「80」でした。そして、nは5でした。なので、シグマくんはnの後ろに隠れてしまって(エヌ隠れの術!)、「80×5」という掛け算に変身するのです。

具体的な数値で確かめよう

前回と同じように、具体的な数値で確かめておきましょう。
一番左が、セットにしてから「シグマくん」を呼ぶ方法、真ん中が、分身の術を使う方法。分身の術を使うと、ジュースの合計を担当する「シグマくん」のほうだけ、エヌ隠れの術が使えることがわかりますね。一番右がエヌ隠れの術を使ったときの計算式です。

ちょっとだけ重要なのは、「エヌ隠れの術」がどこで使えるかは、「分身の術」を使わないとわからない、ということです。この先もっと複雑な式を「シグマくん」に合計してもらいますが、正しく「分身の術」「エヌ隠れの術」、そして次回に紹介する「***の術」を使うと、驚くほど簡単な式に変形できることがあるのです。これ、統計学の醍醐味の一つなんですねえ。わかってほしい。

数式っぽく書いてみる

では、数式っぽく書いて整理しておきましょう。
 \displaystyle \sum_{i=1}^n (おやつセット_i) = \sum_{i=1}^n おやつ_i + \sum_{i=1}^n ジュース = \sum_{i=1}^n おやつ_i + ジュース \times n
前回の式とのわずかな違いに注目してくださいね。とくに真ん中の式です。
真ん中の式は、前回とほとんど同じなんですが、重要な違いがあります。それは、
「おやつ」には、添え字の i がついているが、「ジュース」には添え字がついていない
え? そんな細かいこと? どうでもいいんじゃ?
違うのです。少し前に、この添え字の i は、数たちの「背番号」だよという話をしました。だから、背番号が変われば、違う数になるのですね。たまたま同じ数になることもありますが、それはたまたまであって、違う背番号の数は異なる数だと理解します。そうすると、「ジュース」に背番号がないことの意味がよくわかると思います。
「ジュース」には背番号がありません。
え? じゃあ5人の子どもの誰のジュースなのかわかんないでしょ?
そうです。わかりません。ていうか、わかる必要ありますか?みんなが同じジュースを買ったのです。中身も同じなら、値段も同じです。区別する必要がないのです。これが、背番号がないことの意味です。だから、掛け算で「80×5」って計算しているのです。
「おやつ」の方は、添え字がありますから、ちゃんと足し算して合計する必要がある、「ジュース」の方は、添え字がないので、掛け算に直せる(=エヌ隠れの術!)のです。
前回の式で、添え字がついていませんでした。両方とも添え字をつけて書いておくほうが話がわかりやすいので、訂正しました。

「シグマくん」の守備範囲に注意

細かいことですが、「シグマくん」の守備範囲を正しくつかむように、注意してください。何の話をしているかというと、次の2つの式の違いについて話しています。

 \displaystyle \sum_{i=1}^n (おやつ_i + ジュース)  \quad \cdots (a) \\
\displaystyle \sum_{i=1}^n おやつ_i + ジュース \times n \quad \cdots (b)

(a)の式では、シグマくんのあとにかっこがあります。ですから、シグマくんの守備範囲は「かっこの終わりまで」です。ですから、 (おやつ_i + ジュース)という足し算を先にしてから、それを合計していく計算です。
(b)の式では、シグマくんのあとにかっこはありません。そして、 おやつ_i の次に + 記号がありますから、シグマくんの守備範囲は、この「 + 記号の前まで」です。シグマくんは おやつ_i だけを合計します。その後のジュース \times nは、シグマくんとは関係のない計算です。
「シグマくん」が、他の記号よりも大きいので、ついつい、この記号がこの式全部を見張っているのだ~みたいな感じになるかもしれませんが、決してそんなことはありません。

この記事は、私が過去に書いた次の note のリライトです。(前回の記事で note のリンクが間違っていました。修正してあります。)
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