趣味の統計

心理統計のはなし(偏差への偏愛ともいう)。Web上に散らばっている「アンケート」へのつっこみ。その他。

シグマくんのはなし #08

シグマくんの変身術 その3

その1では「分身の術」、その2では「エヌ隠れの術」について話してきました。3回目は、「まとめ掛けの術」について話していきます。「分配法則」といったほうがわかりやすいかもしれません。
では、設定です。

設定:5人の子ども(あき、いく、うみ、えな、おと)を連れて、スーパーにお買い物に行きます。子どもたちに、それぞれ好きなおやつを選んでもらいましたが、なんと、その日は特売で、おやつは全部2割引き!でした。おやつの値段を、シグマくんに計算してもらいましょう。

2割引きってな~に?(割合の復習)

苦手な方もおられるでしょうから、少しだけ、割合の復習をしましょう。
「2割引き」とは、「**の2割分だけ値引きして(安くして)ありますよ~」ということです。「**」って何? という疑問はもう少しおいといて。
バーゲンセールなどで見かける、「20%OFF」も、同じ意味で、「**の20%分だけ値引きして(安くして)ありますよ~」です。言葉が違うのになぜ同じかというと、「2割」と「20%」は同じ意味だからです。
その説明の前に、「**」って何? を解決しておくと、さしあたり、「定価」と考えましょう。割引しないなら何円で売るのか、という値段、これを「定価」と表現していきます。それから、話を単純にしたいので、消費税は考えないことにしますね。

「**」を「10割」とみる

「2割引き」というとき、「**」つまり「定価」は10割である、という前提が含まれています。つまり、次の図のような考え方で説明されています。

どうして「**」を10割って決めたの? 勝手に決めないでよね~。
と思うかもしれませんが、この前提を受け入れないと、相手の言っていることが理解できないので、ひとまず受け入れましょう。「**」(ここでは「定価」)を10割と、とりあえず決めます。その前提で考えて、10割のうちの2割分を値引きしますよ、というのが「2割引き」の意味です。10割のうちの2割ですから、「定価」の10分の2だけ、値引きしますよと言っているのですね。
「定価」が300円だとすると、300円の10分の2は、300 \times \frac{2}{10} = 60円です。300円より60円安くなるので、売値は240円です。
これは、別の計算もできます。10割のうちの2割分安くなるんだから、払うお金は「**」の8割分だよね、だから 300 \times \frac {8}{10} = 240円。こちらのほうが理解しやすい方もおられるでしょう。

「**」を「100%」とみる

「20%引き」というとき、「**」つまり「定価」は100%である、という前提が含まれています。つまり、次の図のような考え方で説明されています。

さっきの図とほとんど同じですね。「100%」なんだから100個に区切って描いてもいいのですが、あまりにも細かすぎるので省略して、10%ごとに縦線が引いてあります。
100%のうちの20%を値引きしますよと言っていますから、「定価」の100分の20だけ値引きするわけです。でも、\frac{20}{100}=\frac{2}{10}ですから、結局「2割引き」と同じことを言っているのです。

「**」を「1」とみる

ちなみに、数学の教科書では、「**」を「1」とみる、という説明の仕方もあって、むしろこちらの方が主流、というか、この方法だけが使われることも珍しくありません。小学校の教科書でも、この方法は教えられています。この方法だと、「定価」の0.2倍だけ値引きして売っている、みたいな表現になると思います。

計算しよう

というわけで、「2割引き」したあとの値段を計算したものがこの表です。

さきほど説明した3つ目の考えに基づいて、「定価」の0.2倍だけ値引きする、要するに、売値は「定価」の0.8倍である、と考えて、「定価×0.8」で計算してあります。薄い黄色の列に入っているのが、シグマくんに合計してもらいたい「数たちの集まり」です。だから丁寧に書くと、こんな感じになります。

これだと、「×0.8」という計算を、一人ずつ、この場合だと5回しなくてはいけません。面倒。そこで、「分配法則」いえ、「まとめ掛けの術」を使いましょう。

分配法則

小学校で、こういう計算式に出会ったことはありませんか? クッキーとキャンディーを1つずつ袋に入れて、5人の友達にプレゼントします。クッキーが○円、キャンディーが△円のとき、合計はいくらでしょう。
 ○ \times 5 + △ \times 5 = (○ + △) \times 5
中学生なら、文字を使って次のように書くかもしれません。
 5a + 5b = 5(a+b)
つまり、ここで○と△(aとb)は異なる数なのですが、「5を掛ける」という計算は共通しているので、それぞれに掛け算しても、足し算して(セットにして)から掛け算しても答えは同じです。
おやつの計算にこれを使いましょう。
 180 \times 0.8 + 150 \times 0.8 + 260 \times 0.8 + 210 \times 0.8 +  300 \times 0.8  \\ =  (180+150+260+210+300) \times 0.8 \\ 
= (\sum おやつ_i ) \times 0.8 )
こうすると、「×0.8」という部分を、シグマくんの外側に出すことができます。これで、「×0.8」の計算が1回で済むのですね。

具体的な数値で確かめよう

前回までと同じように、具体的な数値で確かめておきましょう。

左が、ひとつずつ割引計算をしてからシグマくんを呼ぶ方法、右が、合計をしてから1回だけ割引計算をする方法です。
図を見ると分かると思うのですが、「まとめ掛けの術」を使う方が計算の回数が減っています。何を言っているかというと、
①の計算方法では、最初に掛け算を5回しています。そのあと、合計の計算で、足し算を4回しています。合計9回の計算をしていますね。
②の計算方法では、最初に足し算を4回しています。そのあと、掛け算を1回しています。合計5回ですね。
ということです。たった数回の差、とあなどっていはいけません。実際に統計をするときには、nが500とか1000とか、もっと大きな数になるので、計算回数の差も大きくなるのです(n=1000のとき、①だと1999回、②だと1000回)。計算回数が少ない方が、コンピュータだって楽なんです。

数式っぽく書いてみる

最後に、数式っぽく書いて整理しておきましょう。
 \displaystyle \sum_{i=1}^n (おやつ_i \times 0.8) = 0.8 \times \sum_{i=1}^n おやつ_i
右側の式を、\sum おやつ_i \times 0.8と書かないのは理由があります。このように書くと、数学の世界では「掛け算割り算の計算はひとまとまりの計算」と考える習慣があるので(たぶん)、一番最初の式と見分けがつかないからです。一番最初の式も、本来はかっこが不要です。おやつ_i \times 0.8は、たとえかっこが無くても、ひとまとまりの計算と解釈され、シグマくんの守備範囲の中にあると解釈されます。
「まとめ掛けの術」を使った後は、「×0.8」を最後に1回だけ実行したいので、この計算がシグマくんの守備範囲の外側であることを明示したいのです。ですから、あえて計算順序を変えて(掛け算は順序を変えても問題ないですから)、シグマくんの前にもってきているのです。(以前に紹介した「いちエヌくん」も、nで割る計算ですから、シグマくんの後ろにあっても問題ないのですがが、最後に1回だけnで割る、という意味を表すためには、シグマくんの前にあったほうがわかりやすいのです。)

この記事は、以前に私が書いた note をリライトしたものです。
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