趣味の統計

心理統計のはなし(偏差への偏愛ともいう)。Web上に散らばっている「アンケート」へのつっこみ。その他。

「飲酒翌日のパフォーマンス実態調査」を読んでみよう

「アンケート」ウォッチング 2023年12月18日

今回のネタはこちら「飲酒翌日のパフォーマンス実態調査・武蔵精密工業調べ」です。プレスリリースとして配信された記事ですが、「アンケート」というよりも「研究報告」で、なかなか面白い内容です。
prtimes.jp

調査概要に注目

記事の最初の方、調査サマリーのあとに、調査がどのように行われたのかについて書いてあります。ここに注目しましょう。

  • 使用した検査名がわかる(OSA-MAなど)
  • 調査参加者の説明が比較的丁寧(とくに「研究に同意いただいた方」という部分はとても重要)
  • 調査実施主体や調査期間が明示されている

など、これまで記事にしてきた「アンケート」よりも格段にきちんとしています。
とはいえ、ここまで書いたのならもっと書いてほしいと思うのは、

  • 調査実施場所はどこなのか

です。調査の中に「内田クレペリン検査」「箸豆掴み評価」など、Web上では実施できないのではないかと思われる検査があります。これをどのように実施したのかは重要な情報です。一方、参加者は「全国」から集められたようなので、全員を一カ所に集めるのは大変なのではないかとも思います。もしかしたら、家庭などで実施した結果をWeb上で報告してもらう方法があるのかもしれません。こういうのも含めた「詳細」が、どこかで公開されているのであれば、ぜひリンクを記載してほしいと思います。

それでもグラフには課題あり

さて。
調査内容にも興味があり、調査概要もよく書けていると言っておきながら、グラフ表現にはいくつか問題があると思います。

「飲酒する理由」

(1)円グラフは不要かと思います:飲酒する理由について、円グラフで回答傾向が示され、そのあと、年代別に並列帯グラフが示されています。並列帯グラフの中に「総計」もあり、重複しています。
(2)年代別のn数が記されていません:したがって、まとめに記されている「20~30代は「交流が深められる」割合が高く、40代以降はストレス解消やリラックスの割合が高い」などは、有意な結果なのか判断できません。全体で230名ほどですので、年代ごとではおそらく数十名ずつでしょう。このことは、以下、飲酒頻度や飲酒シーンの分析にもあてはまります。
(3)そもそも、飲酒する理由は単一選択なのでしょうか? 私がもし聞かれたら、複数を選択したくなります。記載していないのでわかりません。また、より丁寧に調査するならば、7つの理由それぞれについて、「あてはまる~あてはまらない」のリッカート形式(またはVAS)で評価してもらう方法もありそうです。参加者の負担が増えるので、必ずこれがいいとはいえませんけどね。

パフォーマンス低下は有意!

さて、「図6」では、飲酒によるパフォーマンス低下について、VASや箸豆掴みの結果をもとにグラフが表示されています。とてもきれいな結果が出ていて、読んでいて楽しいです。しかし。
数字の意味は何なのかについて、説明が必要です。VASアンケートが4200から4600に上がったのは、いったいどれくらいの変化なのでしょう。10.8%悪化したことはわかりますが、「4600ってどういうこと?」という素朴な疑問は残ります。豆掴みの39.0も同様です。単位もありませんし、何を意味しているのかわかりません。5.2%悪化していることだけを伝えるのは、誠実な方法とは思えません。

解析対象者をどう選んだのか

このグラフの下に、次の説明があります。「※解析対象:取得データのうち、飲酒前日の酔い感が0である人」
こういうのを読むと、ああ、この調査・分析に関わった方は、ていねいな方なんだろうなあと思うのです。ただし、「飲酒前日の酔い感」とは何であって、何を使って評価したのかはわかりません。なぜ解析対象に含めなかったのかも記載されていません。こういうの、とても大事なところなんですね。一般の読者が興味を持つかどうかは別にして。
でも、記事の最初には次の文章があります。

働き盛り世代の健康課題解決に向けた取り組みを行っています。そこで、今回、働き盛り世代の現在の飲酒習慣と翌日のパフォーマンスの実態を把握することを目的に調査しました。(調査の「背景と目的」より)

この研究を(そうです、「アンケート」ではなく「研究」だと思います!)、ひろく役立つ情報として発信したいという意図が見えるのです。だからこそ、「これでもか」というくらいに、ちゃんと書いてほしい!

結果を見やすくする工夫

最後に、結果を見やすくするための工夫について、書いておきます。
図6から図8まで、飲酒による影響について、体調の変化や睡眠がどれも悪化していることがていねいに示されています。こういう尺度得点は、得点が高い方がポジティブなのか、低い方がポジティブなのか、ぱっと見だけではわからないことも多いですね。ですから、ここに記されたグラフでは、グラフの左側に一つずつ「良い⇔悪い」という凡例が記されていて、さらに矢印で「○%悪化」と明記されています。論文ではこんなことはせずに、もっと淡々と、数値と検定結果だけを示すと思いますが、一般向けの記事ではこのような工夫が必要でしょう。「なるべく一目見てわかるように」という工夫が感じられて、良いと思います。

参考までに

記事の中に出てきた、「VASアンケート」「起床時睡眠感(OSA-MA)」について、Web上でみられる資料を貼っておきます。できればこのような情報も、「参考資料」としてプレスリリースにつけてほしいと、私は思っています。

VAS(Visual Analog Scale)

特定の質問(アンケート)をさす用語ではなく、ある質問に対して「あてはまる」「ややあてはまる」などの選択肢から選ぶのではなく、「あてはまる~あてはまらない」のどの辺なのかを、直線状に印をつける(紙で調査する場合)とか、スライダーを動かしてもらう(Webで調査する場合)などして答えてもらう方法です。「ややあてはまる」と「どちらでもない」の中間位なんだけどなあ・・・みたいな気持ちも、自分なりに表現できるところに良さがあるようです。
VAS法とは?アンケートに活用するメリット・デメリットを徹底解説│kotodori | コトドリ
これについては、社会心理学会でも話題になっていて、論文も書かれています。著者の方は、私がとても信頼している方のお一人です。
Web 調査におけるVisual Analogue Scale の有効性評価 | CiNii Research

起床時睡眠感(OSA-MA)

起床時の睡眠感について調査する質問紙です。次のサイトから説明や調査用紙をダウンロードして試してみることができます。ただし、研究目的で使用するものですので、興味本位で使用したりはしないでください。この尺度を使った研究論文はいくつも出されていますので、どのように使われているかを検索して、論文を読んでみるとよいと思います。
日本睡眠改善協議会 〜 Japan Organization of Better Sleep 〜

以上!